損切りをどこに置くかは、FXで最も悩ましい問題のひとつです。狭くすればわずかな値動きで損切りにかかり、広くすれば1回の損失が大きくなります。「10pips」「20pips」と一律に決めている方も多いかもしれませんが、相場が大きく動く日と静かな日では、同じ10pipsの意味がまったく変わってしまいます。
この問題に対して、今の相場がどれくらい動いているかを数値化して損切り幅を決めるという考え方があります。そこで使われるのがATRです。この記事では、ATRが何を計算しているのか、その数値をどう損切り幅や取引数量の決定に使うのかを、具体的な数字とあわせて整理します。

ATRとは何を計算している指標か
ATRはAverage True Rangeの略で、日本語では「真の値幅の平均」と訳されます。価格がどちらへ向かうかではなく、どれくらいの幅で動いているかだけを示す指標です。ピボットやRSIと同じくJ・ウエルズ・ワイルダー氏が考案したとされています。
方向を示さないため、ATRが上がっているから買い、下がっているから売り、という使い方はしません。あくまで値動きの大きさを測る物差しとして使います。
True Range(真の値幅)の求め方
ATRの計算はTrue Range(TR)から始まります。TRは次の3つを計算して、最も大きい値を採用します。
① 当日の高値 − 当日の安値
② 当日の高値 − 前日の終値(絶対値)
③ 当日の安値 − 前日の終値(絶対値)
この3つのうち、最も大きい値がTRになります。
なぜ3つも計算するのでしょうか。単純な高値と安値の差だけでは、前日の終値から離れて始まった場合の動きを取りこぼしてしまうためです。
数字で確認する
まず、前日の終値から連続して動いた場合です。前日の終値が150.00円、当日の高値が150.50円、安値が149.80円だとします。
- ① 150.50 − 149.80 = 0.70円
- ② |150.50 − 150.00| = 0.50円
- ③ |149.80 − 150.00| = 0.20円
最も大きいのは①なので、TRは0.70円です。この場合は高値と安値の差がそのままTRになります。
次に、前日の終値から離れて始まった場合です。前日の終値が149.00円、当日の高値が150.50円、安値が150.00円だとします。
- ① 150.50 − 150.00 = 0.50円
- ② |150.50 − 149.00| = 1.50円
- ③ |150.00 − 149.00| = 1.00円
この場合、最も大きいのは②の1.50円です。当日の値幅だけを見れば0.50円ですが、前日の終値からの動きを含めれば1.50円動いていることになります。この差をとらえるために、3つを比較する設計になっています。
ATRのように、指標の計算の中身まで理解しておきたい方は、テクニカル分析の基礎を解説した本を1冊手元に置いておくと、ほかの指標と比べながら確認できます。
ATRはTRを平均したもの
こうして求めたTRを、一定期間で平均したものがATRです。期間の初期値は14が使われることが多く、直近の値をより重視する形で平滑化されます。

ATRを損切り幅の設定に使う
基本の考え方
ATRは「その期間、平均してこれくらい動いている」という値です。つまり、ATRより狭い損切り幅を設定すると、通常の値動きの範囲内で損切りにかかる可能性が高くなるということになります。
そこで、ATRの1.5倍や2倍といった幅を損切りの目安にするという考え方が使われます。倍率に決まりはありませんが、狭くするほど損切りにかかりやすく、広くするほど1回の損失額が大きくなるという関係は変わりません。
具体例
米ドル/円の日足でATR(期間14)が0.80円だったとします。1pipsを0.01円とすると80pipsにあたります。
| 倍率 | 損切り幅 | 性質 |
|---|---|---|
| ATR × 1.0 | 0.80円(80pips) | 平常の値動きと同程度。かかりやすい |
| ATR × 1.5 | 1.20円(120pips) | やや余裕を持たせた設定 |
| ATR × 2.0 | 1.60円(160pips) | 余裕はあるが1回の損失が大きい |
重要なのは、ATRの数値は相場によって変わるという点です。値動きが穏やかな時期にはATRが小さくなり、損切り幅も自動的に狭くなります。一律の値幅ではなく、相場の状態に合わせて幅が調整されるのがこの方法の利点です。
ATRを使えば損切りにかからなくなる、ということはありません。ATRは過去の値動きの平均であり、それを超える動きは当然発生します。特に経済指標の発表直後や、市場が急変した場面では、平均を大きく超える値動きが起こりえます。FXは価格変動により損失が生じる可能性のある取引です。
損切り幅から取引数量を逆算する
ATRの使い方でとくに実用的なのが、取引数量の決定に使う方法です。順序としては、損切り幅を先に決め、そこから数量を逆算します。
計算の手順
資金が50万円で、1回の取引で許容する損失を資金の2%にあたる10,000円と決めたとします。ATRから算出した損切り幅が1.20円だった場合、次のように計算します。
10,000円 ÷ 1.20円 = 約8,333通貨
したがって、8,000通貨程度が上限という判断になります。損切り幅が広い相場では自動的に数量が減り、狭い相場では数量が増えるため、1回あたりの損失額を一定に保ちやすくなります。
ATRの倍率や許容損失額を変えるたびにこの計算をし直すことになるので、手元に電卓を1台置いておくと、エントリー前にさっと確認できます。
逆の順序だと危険が増える
先に「1万通貨で取引する」と決めてしまうと、損切り幅が広い相場でも同じ数量を持つことになり、1回の損失が想定を超えます。数量を先に決めるのではなく、許容損失額と損切り幅から数量を求めるという順序が、資金管理の基本的な考え方です。

ATRのその他の使い方
利益確定の目安にする
損切り幅と同じ考え方で、利益確定の目安にも使えます。エントリー価格にATRの何倍かを足した価格を目標にする、という方法です。損切り幅との比率を意識すれば、損失と利益のバランスを一定に保ちやすくなります。
相場の状態を把握する
ATRが低い水準で推移している状態は、値動きが落ち着いていることを示します。この状態が続いた後に大きく動き出すことがあるため、ATRの水準から「今は静かな時期か、動いている時期か」を把握するという使い方もあります。ただし、ATRが低いから次に大きく動く、という因果関係を示すものではありません。
時間帯や通貨ペアの比較に使う
通貨ペアごとにATRを比較すると、値動きの大きさの違いが数値で分かります。値動きの大きい通貨ペアで普段と同じ数量を持つと、損益の振れ幅も大きくなります。通貨ペアを変えるときは、ATRを確認しておくと想定外の事態を減らせます。
損切り幅を決めるほかの方法との比較
損切り位置の決め方はATR以外にもあります。それぞれの性質を理解して、組み合わせて使うのが実用的です。
| 決め方 | 利点 | 弱点 |
|---|---|---|
| ATRの何倍かで決める | 相場の状態に合わせて幅が変わる | チャート上の意味のある価格とは限らない |
| 直近の高値・安値の外側に置く | 多くの参加者が意識する価格を根拠にできる | 直近の高安が遠いと幅が広くなりすぎる |
| 一律の値幅で決める | 計算が簡単で迷わない | 相場の状態を反映できない |
| 許容損失額から逆算する | 1回の損失を管理しやすい | チャートの構造を無視した位置になりうる |
実務的には、直近の高値・安値の外側という「チャート上の根拠」と、ATRという「値動きの大きさ」の両方を確認する使い方がよく行われます。両者が近い位置を示すなら、その付近に置くという判断がしやすくなります。
反対に、直近の安値がATRの3倍も離れている場合は、その取引は見送るか、数量を大きく減らすという判断もできます。ATRは「今の損切り幅は妥当な範囲か」を確かめる物差しとしても働きます。
トレーリングストップへの応用
ATRは、含み益が出た後に損切り位置を動かしていく場面でも使われます。価格が有利な方向へ進むたびに、現在価格からATRの何倍か離れた位置へ損切りを移動させるという方法です。
この方法の利点は、値動きが大きい相場では損切りが離れ、落ち着いた相場では近くなるという点にあります。一律の値幅で追いかけると、動きの大きい相場では通常の振れで決済されてしまうことがあります。
ただし、損切り位置を動かすのは有利な方向のみに限る、という原則は守る必要があります。含み損が出たときに損切りを遠ざけると、損失が想定を超えて膨らみます。ここを崩すと、資金管理の枠組み自体が意味を失ってしまいます。
ATRを使うときの注意点
方向は分からない
繰り返しになりますが、ATRは値動きの大きさだけを示します。ATRが上昇していても、価格が上がるのか下がるのかは分かりません。エントリーの判断には別の材料が必要です。
過去の平均でしかない
ATRは過去のTRを平均した値です。将来の値動きの幅を予測するものではありません。平均を大きく超える動きは必ず起こります。ATRの2倍の損切り幅を設定していても、それを超えて動く場面はあります。
時間足によって数値が変わる
日足のATRと5分足のATRはまったく違う数値になります。日足のATRを5分足の取引の損切り幅に使うと、極端に広い設定になってしまいます。取引する時間足と、ATRを見る時間足はそろえてください。
使った時間足・ATRの値・倍率・損切り幅・数量をトレードごとにノートへ書き残しておくと、あとで自分に合った倍率を見直すときの材料になります。
ATRに関するよくある質問
Q. ATRの期間は14のままでよいですか?
A. 14は多くのツールで初期値として採用されている値です。まずはこの値で使い、値動きへの反応を理解してから調整するのが順序として無理がありません。期間を短くすると直近の変化に敏感になり、長くすると数値が安定します。
Q. 損切り幅はATRの何倍がよいですか?
A. 決まった正解はありません。1.5倍や2倍がよく挙げられますが、取引スタイルによって適切な幅は変わります。過去のチャートで、その倍率なら損切りにかからずに済んだ場面がどれくらいあったかを確認してみるとよいでしょう。
Q. ATRはpips表示になりますか?
A. ツールによって、価格そのままで表示されるものとpips換算で表示されるものがあります。米ドル/円で0.80と表示されている場合、0.80円すなわち80pipsを意味します。表示形式は各社の公式サイトでご確認ください。
Q. スワップポイントやスプレッドは考慮しなくてよいですか?
A. 損切り幅を計算するときは、スプレッドの分も考慮しておくと実際の損失額に近づきます。ポジションを日をまたいで持つ場合は、スワップポイントの受け払いも損益に影響します。
Q. ATRと他の指標を組み合わせる必要はありますか?
A. ATRは方向を示さないため、エントリーの判断には別の指標や分析が必要です。方向を判断する指標と、値幅を判断するATRという役割分担にすると、指標同士のシグナルが矛盾しにくくなります。
Q. ATRを使えば損失は抑えられますか?
A. ATRは損切り幅と取引数量を決めるための材料であり、損失を防ぐものではありません。相場が急変すれば、設定した損切り価格から離れた価格で約定することもあります。取引には損失が生じる可能性があることを前提に、余裕のある資金で臨むことをおすすめします。
まとめ
ATRは、当日の高値と安値の差、前日終値との差という3つを比較し、最も大きい値をTRとして採用したうえで、それを平均した指標です。窓を開けて始まった場面の値動きも取りこぼさない設計になっています。
使いどころは、値動きの大きさに応じて損切り幅を決めること、そしてその幅と許容損失額から取引数量を逆算することです。一律の値幅で損切りを置くよりも、相場の状態に合わせた設定ができます。
ただし、ATRは過去の平均であり、それを超える動きは起こります。方向も示さないため、エントリーの判断には別の材料が必要です。詳しい計算や活用例はIG証券の解説やOANDA証券の解説でも確認できます。どのテクニカル指標にも外れる場面があるという前提で、資金管理の道具として取り入れていきましょう。



